手術

2023年8月24日
これで通算3回目の入院です。

部分麻酔で生検用のサンプル切除を実施。
不良肉芽及び粘液が再び発生している事が確認された。
ただし、場所的にメスが入り難く全て切除できず。

3回目の病理検査にまわすことに。

病理検査結果 その3 またグレー

2023年9月11日。

またしてもグループ2。。
今度こそ白黒はっきりすると意気込んで臨みましたが、
また肩透かしを食らいました。

主治医曰く、病理検査は非常に難しいそうで、
極端な話、5人病理医がいたら5人とも違う診断を
することもあり得ると。
粘液腺がんは特に判定が難しいらしい。

先生は長年にわたり粘液腺がんを診てきたので、
兆候がある限り看過できないと言われました。
ちゃんとした結果が出るまで
しつこく何度でもやると。

その言葉には、私が癌であるという
半ば確信に近いような強い意志が感じ取られ、
私の背筋を凍らせましたが、
必ず癌を見逃さないという心強さも同時に感じました。

これはとても奇妙な心境でした。

それにしても何度も何度も検査結果を聞くのは
心臓によくないです。
このころからちょっとずつメンタル面でも
しんどさを感じるようになりました。

両親への説明

ここに至るまで、まだ両親にはがんの疑いがあることは
伝えていませんでした。

グレーな状態であまり心配をかけるのも良くないとの思いでした。

しかし、事ここに至り、痔ろうの頃から心配をかけている両親に何も伝えないのはやっぱり良くないと思い、話をすることにしました。

父親は冷静に話を聞いてくれました。
こういう時に相手が狼狽すると、余計にしんどくなるので
正直、助かりました。

ただ、自分が死ぬかもしれない病に罹っていることを
自分の親に説明するのは、なんともやりきれない思いでした。

病理検査結果 その4 またまたグレー

2023年11月8日、

改めて病理検査を実施し、その結果の説明を受けました。

またもやグレー。

病理検査結果の文言と先生からの説明を詳しく掲載してみます。

以下、

病理検査結果:『肉芽を覆う重層扁平上皮に異形は目立ちません』
→主治医のコメント:これは問題ありません。

※以下同

『重層扁平上皮と連続して核腫大を伴う上皮細胞のりなる腺管を数個みとめ、、』
→核も腫瘍も大きくなるというのは、炎症でも大きくなります

『その周辺には粘液の貯留を伴います』
→これが問題です。ずっと粘液が出ているので。

『背景に炎症が強く、再生異型を伴う腸上皮の可能性もありますが、やや核異型の強い細胞もあり、腸瘍性病変野可能性も否定できません』
→腫瘍のが可能性もあります。

追加報告)免疫染色の結果

『免疫染色で、核腫大を伴う腺管は、p53陽性となますが、ki-67陽性率は約50%であり、腫瘍性と断定できるほどの染色結果は得られませんでした』
p53=癌抑制遺伝子の有無を調べるもの。

以上。

これを受けて次の行動は、
自身の師でもあり消化器系の大家、かつ病理医である某先生に検体のペレットを送り、判断を仰ぐことになりました。

もう、濃いグレーと言わざるを得ない状況になってきました。

楽観的にはいられない。。

もし癌だと、仕事にもかなり影響が出ますので、
職場の上司にも状況報告をすることにしました。

とうとう、、、がんの宣告を受ける

2023年11月15日、

いつも通りオフィスで仕事をしていた時に、
病院から電話がかかってきました。
声の主は、主治医の先生。

もうこの時点で嫌な予感がビンビンでしたが、
開口一番で、

「非常に残念ですが、やはりあなたはガンでした」

と、単刀直入に結論を言われました。

前回診察時に聞いていた通り、
痔ろう癌に詳しい別の病院の病理医に検査を依頼したところ、
粘液腺がん特有の細胞の乱れが複数個所に見られ、
経験上、間違いなく癌であるとの事でした。

詳しい話は直近で会って話しましょうということで
電話を切りました。

、、自分が癌であるという事実をどう受け止めればよいのか分からず、

ただ茫然とするしかありませんでした。

なかなか結果が出なかったので、
どっちでもいいから白黒はっきりしてほしい
などと嘯いていましたが、

いざ癌の宣告を受けると
周りのすべてが崩れ去るような喪失感に陥ってしまいました。

痔ろうから痔ろう癌に④ につづく

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はじめまして、Rei です。

44歳で痔ろうがんになりました。
いまは手術を終え、ストーマ(人工肛門)生活を送っています。
がんを人生のターニングポイントと考え、
新しい人生を切り開くべく、
大家業を中心としたビジネス構築にチャレンジしてます。

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